静かな午後、部屋の奥で小さな声が響く。
「よんで!」
差し出された絵本の表紙には、優しい色彩で描かれた森の風景。
母親はそっと隣に腰を下ろし、表紙をめくる。
それを見て、子どもも小さな手を絵の上に滑らせる。
森の奥へと続く小道、青く輝く湖、優しく微笑む動物たち ――
すべてが、紙の上で命を宿しているようだった。
ページをめくる音が、静かな部屋の中に優しく響く。
「つぎは、どうなるの?」
子どもの澄んだ声が、期待に満ちて弾む。
母親は、絵本の登場人物になりきって、声を変えながら物語を紡ぐ。
子どもは目を輝かせ、指で絵をなぞりながら、その世界に入り込んでいく。
気づけば、絵本の端には小さな折り目が増えていた。
それは、何度も開かれ、何度も冒険を重ねた証だった。
やがて物語の終わりが近づくと、子どもはそっと絵本を抱きしめる。
「もういっかい。」
その一言に、母親は微笑みながら、また最初のページを開く。
こうして、物語は何度でも巡る。
それはただの本ではなく、温かな記憶を紡ぐ、小さな宝物だった。